コンビニ前でウーバー配達員にからまれた
某コンビニの駐車場にて、
スクーターを止めてタバコを吸っている男性(30~40歳くらいの)が一人でいた。
荷台にはウーバーの配達箱。
タバコの煙の臭いが充満していたので、自分は思わず 臭いってリアクションをしてしまった(自分の悪い癖だな・・)
それが男性の目にとまってしまったようで、
「なんだぁ~、文句あるのか! ここでタバコ吸っちゃ悪いのか!」と言いよって来た。
「ええ、ダメだと思いますよ」って冷静に返したら 導火線に火をつけてしまったのか
凄んで来たが、無視して店内に入ったら追いかけてきた。
若かりしころの自分だったら、そういった高圧的な人間に対してビビッてしまって
興奮したり、こっちも声を荒げたりするんだけど、
相手の小物感があるのか すごく冷静に対応していた。
その態度が気に入らないのか、体をぶつけてきたり(腕だったら暴力事件だが、胸を当ててきた)、タバコ臭い顔を寄せてきたり、滑稽な行動を続けて「〇ねだ、なんだ」と興奮収まらずなようで、
「警察呼んでもいいんですよ、困るのはあなたですよ?」
ってまた冷静に返してしまっていたんだが、
上半身には入れ墨とか入れて、それなりの感じは出しているんだが・・
こちらとしては落ち着いているんだよなぁ、そんな自分の変化に驚いた。
相手も睨むしかできない状況だし、無視してそのままトラブルは拡大せずに別れたんだが
彼のイライラは収まらずだろうな・・
彼が刃物とかもっていたら刺されたかもしれいないし、
この次 誰かがまた導火線を踏んで発火させるとよりエスカレートした行動にでそうだし、
こういうフラストレーションが、犯罪のはじまりになるんだろうな。
余裕のない人ってのは、少なからず存在しているって現実をちゃんと考えて対応しないとなぁ。
こんな人間に刺されて、自分の今後の人生が変えられてしまうなんてぞっとする。
暑い中 1件数百円でやりたくもないことをしていたらフラストレーションも貯まるだろうけど(プライドのある仕事だったら、そんなことで切れたりしないと思っている)
自分がウーバーとかを頼まない理由がまた一つ増えたよ。
人間の欲望と自我:生き方の探究
1年前の自身のブログを読んで達観しつつあるなと感じていたが、さらにそれが進んで
「人類、人間とは」みたいなことを考えるようになった。
といってもそんな大それた感じではないのだが、おぼろげながら 感じたことを書いてみる。
- 人間には寿命がある
- 人間には欲望がある
- 人間には自我がある
この3点を認識というか、前提にもつと見え方が変わるというか、その結果。
- 世界平和は、今の形式では訪れない
- それぞれの住む世界で、それぞれの欲に対して、なんらかの行動を起こしている
- 自己の世界が共有する世界よりも優先度が高い
結論になると思う。
今の科学、生物学では人間には寿命があり、誰しも命は一つだけであり、いずれ命は尽きてしまう。 それはどんなに高尚な人間でも、何もしていない凡人でも同じであり
命が尽きることには、その根源的な理由もあり、抗い続ける。
長生きしたい、健康でありたいは、ある意味「欲」であり、生きるものとして正当な価値感だと思う。
その「欲」に対して、行動すること、
長生きしたい、健康でありたい、知識を得たい、お金持ちになりたい、異性にもてたい、人から憧れを得たい、平穏に暮らしたい、家族を幸せにしたい・・
欲は尽きないし、尽きることは存在意義がないと同意になると思う。
欲もなく、日々最低限の消費をして、クソして寝るだけの日々を生きることに今の価値観では無意味に感じたり、ストレスを感じる方が多いと思う。
時間があれば、お金があれば、健康であれば、相手がいれば、
ロシアとウクライナの戦争はもう2年を超えて争っている。
これはプーチン、ロシア国民の価値観、欲があり、欲は相手の不幸があっても求められしまう。
なぜなら、その欲の下には恐怖や刷り込み、絶望を示しているから、
NATOが攻めてくる、ロシアの国が滅亡する、あなたの暮らしが困窮する
って言われて、「それもいいじゃん」とは、一般的には思わないってのも理解はできる。
そんなことをする連中は滅ぼしてしまえ!
日本的一部の価値観だと、「国破れて山河あり」じゃないけど、そんなのもあると思うし、平和を望む人がいることは理解しているが、それは自分が安全なところでいえるからであり、今まさに死んでしまうって人もいるわけで、そんな人にそんなこと言えない
これは、イスラエルとパレスチナのガザ危機が始まってますます感じることになった。
第二次世界大戦からの負の遺産がいまだに残っていて、それがこの前提において
解決できるとはとても思えない、そんな火種がまだ世界にはあり、
明日死ぬかもって思ってしまう人が暴走してしまうって現実がある。
日本においては、北朝鮮や中国がそれにあたるかもしれない
核武装した北朝鮮が、いよいよ国の体制維持ができなくなり、自滅寸前に核ミサイルを発射するかもしれない(迷惑な話だ)
そんな説を信じた、日本や韓国が先制攻撃として、結局同じ結論になるかもしれない。
可能性の話をしたらなんでもありだし、
皆の日々の生活、家族の人生が困窮する、だったらいっそ・・
そんなことを俯瞰して考えたら、
今の日本に生まれたことに感謝して、日々の消費を楽しんで、自分の残りの人生を好きに生きるってことが一番ベターな生き方だよな と結論した。
可能な範囲で人助けはするが、すべて自分の生活に影響がない範囲で、
当たり前のように思うかもしれないが、世界平和や繁栄を望むなら、その価値観すら壊さないと達成できないくらいな生活水準や文化にもうなっているんだよね。
「皆再び、産業革命前の生活に戻ろう」ってことにはならないと思う。
人間ってそんなものだよ
人生とっくに折り返し
最近は、ようやく自分というものがわかってきたというか、俯瞰してある程度見られるようになってきた、のと、心理的変化もあるなと感じた。
40歳代前半までは、精神年齢なんて中学、高校くらいから止まったままだよな、
中二病は、完治せずに、世を憂い、なんとかならんもんかとか、楽して儲けたいとか、
自堕落だったり、ちょっとした正義感があったり…
そんなマインドのまま一生を過ごして終わるもんだとなんとなしに思っていた。
が、50歳代にもなろう年齢になって、ふと当時のメンタルとは明らかに変わっているなと感じた。
「今が一番若い」って心底思うようになった、
日々、老いてきた自分を感じていて、それがメンタルに影響しているんだろうな。
何かやりたいこと、欲しいものがあったとして、若いころは、
お金がかかる、コスパが悪い、時間がない、疲れる、また次回でいいか、
といった思考で、先送りしたり、面倒くさいって思っていたり、やれば楽しいと思うことがあっても、なかなか動かない、やらない。
しかし、現在だと、そのネガティブな思考があっても、
「いやいや、今が一番若いんだし、残りの人生を有意義になるなら、今やらなきゃ、買わなきゃ、」
と重い腰を上げたり、高いものを買ったりすることが増えた気がする。
これは明らかにメンタルが変わっていて、自分的にはポジティブな傾向だと思う、
しかも、自分を騙すように言い聞かせて納得しているわけじゃなくて、心底納得している事実と実感の上に思っているので、そりゃやるよね。
他人から見たら、明らかに行動的で、魅力あるような行動をとっている(リア充っぽい?)ようになっている。
当人的には、このさしせまる脅迫観念に打ち勝とうとあがいている面もあるんだけどね。
もう、残りの人生をどう生きるか、ってことに考えがシフトしていて、
精神的、肉体的に健康で、やりたいと思うことがあれば行動してみようってメンタル
気付くのが遅すぎた感もあるけど、まあ、人生そんなもんかもね。
安直な生き方?
前回書いた記事、自分の中ではしっくりしたことを言語化できたなとは思う。
そう「足るを知る」ってことが如何に大事かなんだろうけど、
最近の強盗事件、フィリピンで逮捕された犯罪集団、闇バイトに手を出す若者。
若者においては、リアリティの欠如というか、うまいこと、ずるいことをしている連中に対するやっかみ が根底にあるんだろうな。
苦労を表に出さない日本人の美徳みたいなことが、裏目に出た感もあるよね。
成功している人も大多数が、苦労や努力の結果であるのに、それを表に出さないから
「あいつは上手いことやって楽している」とか思われるんだろうね。
アラフィフな年齢になって思うのは、「若さ」が如何に素晴らしいかだよ、
身体的にも精神的にも社会的にも、それを他人に対するやっかみにエネルギーを消費して、犯罪にまで手を出してしまう・・なんとも悲しい話だ。
そう思ってしまう、思いに至ってしまう思考を考えてみると、
生活環境、学校、家庭、周囲の人、経済的なこと が多分に影響していると思う。
生活が豊かでなくても、生活が満足いくもの、周囲の人間と良質なコミュニケーションや、コミュニティがあれば、
如何に犯罪が非効率で(日本の検挙率とかから考えても)
精神的に苦痛に感じるか(他人の不幸を喜ぶ、または何も感じないマインド)
あいつは上手いことやってとかいうマインド。
そんなことを考えてしまうよね。
自分が育った当時は、今の生活からだとやはり、貧乏だったし不満もあったけど、
現代では、まともに生活できているし、社会性もあるほうだと思う。
それは、マンガ、映画、読書(ドラえもんとかは、とても良い道徳を知る方法だと思う)とかから得られた価値観であったり、先人の教えを知る機会だったりしたんだと思う。
昨今の若者は、時代の流れとともに、時短でカジュアルなものを好むって流れなので
そういった、価値観が醸成されにくいのかもな と思ったり。
若いうちは、もっと自分と向き合って、可能性を否定せず、それを伸ばすにはとか、世界とか世の流れを感じて自分がどうありたいかとか考える ってことが大事だよね。
安直に生きてきた自分だけど、もう少しそんなことしていたら違った未来があったのかもな と考える次第。
今は、この状況を楽しんで、今が一番若いと思って余生を楽しむ感じだものw
若い当時には、明らかにないマインドだ。
2022年の生活と人間とは・・
2022年、このブログもすっかり放置気味ではあった。
それは、日々が充実していたからでもあるかも。
もちろん、不満やストレスがなかったわけじゃないけど、生きていれば誰しも感じる大したことじゃないこと とでもいうか、人生に詰まるとか、未来が無い といった類の悩みはなかった。
そんな中でも、世界や世間は動いている。
そんな激動の世の中を 俯瞰してみる立場(?)として感じることは、
「人間には欲があり、欲がある限りは世界は平和には成りえない」
ってこと。
ロシア・ウクライナ戦争が起こった現実、経済合理性とか、21世紀の価値観をぶっ壊したこの戦争。
大国が直接戦争に加味することの意味。
(世界大戦とかの)戦前の世界って、こんな空気感だったのかもな、どうにも埒があかずに戦局が拡大して世界大戦への流れ・・
まあ、人間は愚かだよ。
戦争において勝者と敗者がいる限り今後の戦争もなくならいし、それによって殺されたり死んでしまう人々も気の毒に思う。
ただ、人間には欲があり、貧困問題は無くならない。欲はその人のステージにより形を変えて色々な形で表れてくる。
(生きるために・・、より美食に、より豪華に、より広大に、より深く・・)
食うに・生きるに困った人々は、明日のパンの為に生きていて、SDGSとか多様性、地球の温暖化なんて知ったこっちゃないし、それを言えるのは明日の生活が保障された人だけ。
先進国が如何に言おうと、途上国がそれを守るなんてことは無い。
だって死んでしまうから。
そんな世界で生きているってことを実感できたってことが、この人生において発見だ、それを知らずに世を羨んだり、妬んだりして死んでいく人のほうがはるかに多いと思う。
現代日本で生まれるってことは、それを知れる可能性が大きいってことだと思う。
しかし、日本においても、ことの大小はあれど 食うに・生きるに困る人はいるので、
そんな人を止める術は無いし、それが現実なんだよね。
自分の生き方としては「足るを知る」って言葉が一番しっくりする。
世界中がそれを知って、その範囲でよりよくなることを目指すってのが、(自分が想像する)世界平和への道だとは思うけど、まあ無理だろうなぁ
FXの話
10年以上まえかな? FXが世に出始めたころに参入して、
ギャンブル感覚でやってて2~3年で200万円くらい損したことがあった。
自分の所得水準からしたら、かなりの大損で精神的にも辛かった。
そこからは自戒して、お小遣い程度 数万円程度で、損切もできるようになった、デイトレとかしなくなって1週間単位で売買したり、まあ経済を体感する手段みたいな。
ところが、昨年そんなトレードでも累計すると20万円弱のプラス収支で、
あれ? 俺いけるんじゃね! って勘違いしたのが運の尽き。
アメリカの長期金利に伴う円安の流れに逆行して、細かい利ザヤを得ようとしたら
1月で10万円の損、これはまたヤバいなと、トレードを控え始めた。
これで儲けようとか、甘い考えはもっては危険だ。
日々の利益を積んでいたら、結果プラスだったくらいの気持ちじゃないと・・
と、冷静に再びなった(つもり)なんだが、
ふと、お金の残高に一喜一憂している自分に気が付いて、あれ?
お金って目的じゃなくて手段のはず、お金を貯めて俺はどうするんだ?
そりゃ、老後の安定のために貯蓄はしたいけど、無尽蔵に貯めたいわけじゃない。
現在働いていて、収入も安定しているし当面の生活費は問題無いし、
FIREしたいって、仮にFIREしてもこんな生活じゃFXで大事な資金を増えた溶かしたとかで精神的に全く安定しないよな・・
お金に縛られている・・
そんなの生きる目的じゃないよ、一人身で子供もいないし、資産を継げる人なんていないんだから、お金を貯めこんだりしても死んだらおしまい、国庫に返納だろう。
考え方を変えないと・・出来るか・・いや、やらないと。
なんか趣味に没頭するとかが健全なんだろうな
2022年4月までの今年の話
2022年。
世の中それなりに激動で、コロナで騒いでいたのが、ウクライナとロシアの戦争がもう1ヶ月以上続いて、1年以上続くのではないかとか報道されているし・・
そんな中自分は、幸にも粛々と生きていけている。
平凡であることの幸せって、他人の不幸でしか感じられないというのは、やはり問題があるよね・・戦争反対だし、ウイルスなんかよりも、人間が一番怖い。
この戦争をきっかけに、堰を切ったように世の中乱れて、第三次世界大戦とか!?
最近では、ロシアが北海道に攻めてくるとか、台湾はどうなるとか・・?
お互いの正義をかざしてぶつかりあうか、人間ってほんと愚かだな。
なんでそうなんだろうと思うと、
南北問題に起因した貧困問題、イデオロギーの違い、(長期政権による)現状を維持したい(保守的?)思考とか、まあ色々と絡み合っているんだろうな。
そういった要因に起因した人達が、「話せばわかる」が通じない、暴力装置によっての解決を望む流れになってしまっている。のかなと思う次第。
まあ、ひと昔前では宗教でも戦争していたわけで、そう考えたら、宗教戦争が起こらなそうなだけ現代もマシになっているのかも?
ただそこに生きていただけで巻き込まれて死んでしまう人たちが、ウクライナに限らずこの世界にはいて、そんな中の日本という比較的安全は場所で生きていける幸せって大切にしたいよね。