ふってわいた50万円
両親がかけていた自分名義の生命保険、満期を迎えるそうで
配当金というか、掛け金が帰ってくるそうだ。
保険の対象は自分で、自分名義でもあるが、親が自分が子供のころから万一に備えて
支払い続けた保険。そのうち、お祝いに50万円くれるそうだ、ありがたい。
さて、それをどう使うか・・なんも思いつかない。
生活に困っているわけでもなく、貯金は一応あるし、あったら買いたいものもないというか・・結局貯金するだけなんだよな・・
このブログで何度か書いているけど、現在の自分がお金を貯める理由が弱くて、漠然とした将来不安くらい。 これだけのために今の貴重な時間を割くには割合が高すぎる。
もっと時間や、精神的な余裕がほしい とは思っている。
物とかじゃないんだよな・・
ブランド品とかに興味もないし、おしゃれするわけでもなく、
かかる金額に見合う価値を感じないものを買うことがストレスと思ってしまって、お金に支配されてしまっている。
もっと今の日々を充実させて、今後の生活に支障をきたさない範疇で、充実させるべきなんだけど、相変わらず、リタイア・老後の何日分稼いだとか考えてしまう・・
んーこれこそ、振ってわいたお金なのに、そのまま貯金じゃなぁ・・せめて半分くらいは、両親に感謝しつつ、その思い出になるような、こと、ものに消費して、現在の自分のため、両親のためにでも使いたいところだが・・
自分のためだけなら、10万円くらいの高級ソープでも行ってみるか!?
でも、それに見合うだけの価値ってあるのかな・・?
長期の休みでもとれれば、遠くに数泊する(沖縄、北海道、海外)旅行とか行きたいんだけど、時間の無さがすべてを台無しにしている・・
結局 (数年先の家賃を払えるくらいの)お金があっても、時間や精神的な充実がないと何も出来ないってことなんだよな・・それって、お金の有無じゃなくて、それこそ精神的な、考え方の問題。これを解決しないとなんも出来ない、これ書いてて思った。
人生の第2ステージ
最近色々と思考をしていると、あ、これなんだなと思うようになった。
婚活をしてもうまく行かず、仕事的にもモチベーションは頭打ち情熱は薄れ、今後の人生について考えてしまう。
収入、お金はまだ必要だし、今後の生活もそれなりに過ごしていきたい・・
でも、現在の生活にはなにか変化を求めている。
郊外をドライブしていると、この辺に住んでいる人はどんな生業でどんな生活をしているんだろう・・? って興味が沸く。
収入が多くなくてもプライマリーバランスさえ問題なければ生活できるわけで、
都市に住む理由って大きくは無いんだよな、仕事さえあれば。
これが人生における第2ステージなのかもしれない、
自分の両親はまだ健康だけど、友人の親はボケてしまい、介護・老人ホームに入居となった、現実が迫っている・・
このまま一人でだけでは生きていくわけには行かないし、両親がボケてしまったら、自分も放置は出来ないだろう。
何か色々と先が見え隠れする中で、自分はどうしたいのか?
スティーブジョブスの言葉で、
明日世界が終わるとして、貴方はそのまま仕事に行くのか?
ジョンレノンの言葉で、
君はどこへでも行けるのに どうしてそんなところにとどまっているんだい?
そんな言葉が身にしみる・・
そう健康であればなんでも出来る、健康でなくても志さえあれば、なんとかなる。
今の自分にはどっちもあるじゃないか、もっとやりたいことをやるべきなんだよ。
頭では理解できるし、そうしたい気持ちがある、でも今の生活をすべてかなぐり捨ててやりたいことってなんだろう?
仮に宝くじが当たってお金の困らなくなれば、現在の仕事は辞めて、ボランティアとかなにか人の役に立つことをしつつ、のんびり暮らすとかが理想。
自分の性分として、何もしないってことは無いと思う、
外に出たい、世界中色々なところに行ってみたい、そして人々の生活・文化を感じたい。
日本という、いい国に生まれたわけだし、自分のしたいこと、やりたいことを努力すれば得られる環境なわけで、世界を見渡せば、そんな国ごく少数で、みんな生きるだけで精一杯だったり、多様性を理解せずに狭い世界で生きていると思う。
これだけの多様性がある世界で、狭い世界で生きている人々より、自分はなんて恵まれているんだろうと思う、それをもっと有効に使いたい。
でも、それを実現するには、何が必要なんだろう・・?
今の生活・仕事をかなぐり捨てるほどのものって・・それをする理由って・・
それを模索している、何か新しい知見が必要なんだろうか
先人の知恵とか、もっとこんな悩みなんてと笑い飛ばしてほしい、人生は楽しくハッピーだと思いたい。それを目指したい。
何が不満なのか
仕事に対しての不満、ストレスがある。
多くの人が そうだと思うのだが、
ふと、自分の状況を考えると、世間一般の働いている人ではマシなほうなのかもしれない、いったい何が不満なんだ、それは贅沢だよ、と言われそう。
給料は先日出た男性正社員の平均年収平均521万と比べて遜色ないし、
残業は月20時間くらいだろう、土日も休めている・・
現在出向している会社でも、そんなに酷いとは感じていない。
でも、仕事場としていい環境というとそうでもないし、毎日仕事が楽しいとは思っていない、あー今日も仕事かー行きたくないなー
もっと休みがほしいし、自分の時間を持ちたい、長期の休みがほしい。
何より、仕事が楽しくない、やりがいを感じない。
仕事なんてそんなもんだ、皆そう思ってもやっていくもんだ。
とはなんとなくわかっている・・
でも、人生の大半をそれに費やしているわけだし、現状に満足とかしていない
かといって、向上心があるかといえばそうでもないw。
そんなことを考えて、あ、これだ! と思えたことがあった。
自分で何も決められてない、都合よく働かされているだけ、
使えなくなったら、契約終了でお払い箱、そんな日々。
待遇も、優遇とまでは言えない
周囲に仲間と思える人間もいなく、日々言われたことをやるだけ、
自分の意思や、選択権が無い、出来ない、やれない、やりたくない、とは言えない。
なぜそれをするのかもわからない、ただ言われたからやっているだけ・・
自分は、
- 信頼している仲間と仕事がしたい
- 自分の意思で仕事がしたい
- それが実現できれば、給料は多くを望んでいない
が現在は、それとは違う境遇で、
- 信頼できる人や、尊敬できる人がいない
- 自分の意思で仕事が出来ない
- 給料は一般的な価格がもらえている
まあ、贅沢ではあるんだろうな、でも、その先に何かがあるんだと思いたい、この状況に甘んじて、いずれ使い物にならないって思われる前に、なんとかしたい。
といったことだろう、なんか、頭の中が整理されたようだ。
会社員だから出来ないとか、フリーランスでは実現できたかと思うと、自分の立ち回り方では、同じだっただろう。
結局、いいように使われているし、自分がそれを楽しいとは思えない。
自分の意思で仕事が出来る境遇ってなんだろうな、自営業のお店とかは、もっとしがらみが強いと思うし、お客さんありきで、休みも取れないってことなんてザラな気がする。
何か、自分の意思で、これがやりたいってことが明確ならいいのだが、
それもなく、他人に(いいように)使われるのが嫌って単なるワガママなんだろうけど、自分の人生だし、何かワガママをしたほうがきっと人生楽しいんだろう。
多少人に迷惑をかけてでもワガママしないと、この先動けない。
そんな気がする・・
状況は整理された、現状を受け入れつつ、新しいステップを見つけるために
会社を利用してやって、そのときに備えよう、そんな気構えで行けば、つまらない仕事にも耐えられるか
中小企業のエンジニアの憂鬱
中途採用で紹介のあったエンジニアと面談することになった。
我が社としてはエンジニアを募集をしているわけだ。
もともと、畑違いの会社で、
それがエンジニアを集めて、自社開発を行い アプリ市場に打って出るって寸法で、
自分もそう口説かれて入社した。
が、実際に入社してみてそのギャップに苦しんでいる・・
小さな会社で新しいチャレンジするには、時間も資金も人材も足りない、
企画一本考えるにも、妙な民主主義だったり、発想が既出だったり、かみ合っていない。
自分がそれを担うはずだったが、今じゃ出向して別な会社で働いている。
ここで新しい人が増えたところで・・ってな気持ちもある。
将来を見据えて、自転車操業ながらまずは人材を集めて・・ってなことなのかもしれないが、すでに現場は疲弊している。
やはり、どこかから大きな仕事を取って、一気に人材集めてジャンプアップするしかないと思うが、それはそれでリスクがでかい。
入社希望の人は、この小さな会社でどんなことをしたいのか?
指示待ち人間や、技術力を自ら上げていける人じゃないと、ちょっと厳しい。
やりたいことがあって、その実現のために会社を選んでいて、それがわが社とマッチするなら、ぜひほしいが、そんな人はなかなかいないだろう・・。
個人製作レベルのアプリ開発現場だ。それだったら個人・同人で十分だ。
会社としての立ち居地が現在微妙なんだよな。
大きなビジョンがあって、目標とする工程があり、その一歩とかならいいんだけど、
社長も別畑からで、プログラムとか、開発工程、これを実現するにはエンジニアが何人、期間とか、そんなことを知らない上に、理想論が多くて・・
エンジニアなら、サーバもクライアントもコンシュマーも同じだろうっとか、
何のノウハウも無いのに、他社と同じことをしたがる、出来ないと不機嫌・・
自分の価値観を変えない頑固な面もあり、ちょっと疲れることが多い。
んでもって社内エンジニアは、皆 出払っている現状で新しい人を入れるか・・
フリーランスな自分を拾ってもらった恩義もあるし、なんとか成果をあげたいところだが、このままではなんも進まないどころか、さらに疲弊して後退してしまうんだよな。
何かリスクをとって、
会社の給料を下げて、その分、受け仕事を減らして、自社開発するとか
(皆の不満が爆発しそう・・)
小規模開発会社にとって、毎月の給料を稼ぐのがどれだけ大変かは感じるのだが、
その先を目指すには、あらゆるレベルでチャレンジが必要なんだよな・・
人が疲弊して倒れるのを待つのか、業界の進歩についていけず、堕落するのか、
それがなんとなく見えてきている現状、リスクをとる必要があるのは理解できる、
それを望む人がどれだけいるのか、それが問題だ。
しかしながら、自分は、現状維持で良いと思っているし、アプリ開発なら個人で出来るじゃん・・と考えてしまっているw
これじゃいかんよな~
やさしいだけじゃ駄目なんだ
婚活のお話。
半年ぶりに婚活再開、有料婚活飲み会に参加して、
ちょっと積極的な女性と仲良くなれて、その後2人で飲み会をした。
が、そこでLINEから さよならのメッセージ。
やさしく、誠実な方なので、私の性格では傷つけてしまいそう
きっと もっといい人、出会いがありますよ
みたいな。
まあ、そうですか・・としか言えない・・
これは社交辞令で、結局合わなかったの一言に尽きるのだが、
言われた側としては、じゃあどうすばいいんだ!
やさしくて、誠実! それで十分じゃないか、
自分だって聖人君子じゃないから、そんなわけ無いじゃないか!
相手を気遣って、話を聞いて、肯定して、気に入られようと努力して、
それで駄目ってんじゃやってられないよ!
言いたいことばかりで自分が嫌われまいと調子のいいことに言っているけど
結局 駄目ってことじゃん
もっと直球で言ってくれたほうが 改善できるし、前進できるのだが・・
もう、なにがいいのかさっぱりわからんよ。
やさしくて、誠実以外にどんな方法があるんだよ、現金目の前に並べるのか!?
んな女こちらから願い下げだし、こんなんじゃ、精神的に歪んでしまって
なんも出来なくなりそう。
今必要なのは再生工場ではないだろうか
出向先でのお仕事。
難易度も上がってきて(外注には基本面倒臭い実装がまわりがち?)、自分の技術力の無さにも、周囲の説明・連携不足にも疲れてきたのだが、やはりエンジニア不足は感じる。
おかげで自分がご飯が食べられているのだが、逆に技術者が事足りていればさっさと違う仕事を探しいるのかもなw
単純に食えなくなれば、他の食い扶持を探さなければいけないわけだしね。
コンピュータは好きだし、プログラムは楽しいのだが、周囲のレベルの差とか求められていることとのギャップに苦しんでいる。
気楽に好きなこと出来れば、プログラムは楽しい。
自分のキャリアでは、一時期(4~5年間)管理職になり、昨年の転職をきに再び現場仕事にもどった。
その間には、技術的停滞があり、その差が埋まっていない。
が、人生において仕事に対するウエイトを下げたいと感じているので、モチベーションは高くない、それでも仕事でのストレスは感じている、悩ましい。
企業が求めているのは、「優秀な」エンジニアであって、
そうでもないエンジニアは需要は、むしろ無い。
出来ない人間を教えている余裕は無いが、人が足りないってことだ。
そんな会社ばかりだが、タイトロープな綱渡りで、どこかで大コケするだけだろうな
長期でこんなことできるほど優秀なエンジニアは多くないし、
優秀な人は、仕事を選べるわけで、より良い職場を選ぶだけで、その環境を提供できない企業は淘汰されるだけだろう。
自分は、「優秀ではない」エンジニアであるが、優秀なエンジニアが求められる職場で外注として働いている。
優秀な人前提なので、説明なんてされないし、教えようとかってスタンスは無い
それで使えないと判断されたら出向おしまいなだけだ。
そんな会社では、自分の立場では長続きしないし、こちらとしてもモチベーションはあがらない。
はじめてさわるフレームワークをググッって、英語の文献をあさって、自分なりの解釈で実装している、なにせ説明がないんでね・・そこで出来ていない とか文句言われても、知らんがな・・
面談の際に、そのことはちゃんと伝えていたのだが、いざ現場ではそんなこと伝わっておらず、人月での単価分 優秀エンジニアとして労働が求められる日々。
余裕のある会社は高い給料で優秀なエンジニアをやとっている、
余裕の無い会社は、人に知識を伝えることを放棄して、自分の縄張りだけを耕すだけで精一杯。
自分のようなエンジニアが再び活躍できるような、
「再生工場」がないもんだろうか、世間的にも それが求められていると思う。
野球で言えば、当時のヤクルト監督、野村再生工場みたいな。
教えて、褒めて、伸ばして、成果もあげて、報酬がもらえる。
エンジニア再生工場・・どこかにないもんかねぇ。
プライマリーバランスが逆転する日にむけて・・
ちょっと経済とか、投資とかをしている人なら知っている言葉
収入と支出のバランスで、収入が多ければ黒字だし支出が多ければマイナス。
それの日々、月次、年次のバランスというか、総合的な結果というか・・
自分は現役世代で毎日働いている、プライマリーバランスはプラスだ。
毎月貯蓄をしていて、これがプライマリーバランスがマイナスになった時に活用されるわけだ。
これは、現在日本においては多くの人がそれを実践していると思う。
でも、これの呪縛に囚われてしまうと、
現在の貴重な時間を老後にとられてしまっているような・・
今のこの労働は老後のためにやっているようで、現在を生きていないんだよな
お金が入っても貯金して、これで老後10日分かとか、そんなことを考えてしまう
こりゃ駄目だw、毎日が楽しいはずがない。
本来、お金をためて自分のご褒美とか、美味しいもの食べたり、旅行したり、好きなもの買ったり、目標というかしたいことがあっての日々の生活なのに・・
蟻とキリギリスの悪しきパターン。
キリギリスになりたい気持ちもあるが、それが出来ない性分・・
物の価値観が変わってしまって、ほとんどの物が高いと感じてしまう。
頑張って貯めたってお金のほうが貴重で、それを使うことに見合わないというか
この労働の対価で得たものより貴重と感じることが出来れば・・とは思うのだが。
そんな日々では、いざプライマリーバランスがマイナスになっても
安心なんて出来るはずもなく、日々倹約して生きるだけってことは想像できる。
お金なんてどうにかなるさと、現在に生きるような精神構造にならないと
人生楽しくならないんだろうな・・頭じゃわかっているのだが・・